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■サンバ・カンサォン

サンバ・カンサォンとは、1919年にエンリーキ・ヴォジェレールによって作られたボレロ調のサンバの亜種である。サンバ・カンサォンは後に「怨歌」と呼ばれるほど強烈な歌詞と、感情を込めた歌い方が中産階級を中心にヒットしたが、必ずしもこのようなスタイルの曲ばかりであったとはいえない。しかし、よく知られているサンバ・カンサォンでは絶望や嫉妬というネガティブな感情が緩やかな曲にあわせて歌われており、その歌い手達も感情を込めた歌い方をしていた。そのためサンバ・カンサォン=「怨歌」 という暗いイメージがついている。「怨歌」としてのサンバ・カンサォンを見てみると、陽気なイメージで見られるブラジル人がこのように暗い歌も歌っていたのかと驚いてしまう。

ラジオが放送されたことと相まって20年代にサンバ・カンサォンはブラジルの大衆に定着。40年代にソングライター、ルピシニオ・ロドリゲスが作った曲が売れサンバ・カンサォンの流行が始まる。そして、50年代に入り、レニー・アンドラージ、アライージ・コスタ、ドリス・モンテイロ、シルヴィア・テリス、ビリー・ブランコ、マイーザ、ドローレス・ドゥランなど の様々な歌手達が次々とヒットを飛ばし、サンバ・カンサォンの時代が到来するのである。

ボサノヴァの誕生と重なる50年代後半、リオ・デ・ジャネイロでは、マイーザ、ドローレス・ドゥラン、シルヴィア・テレスが三大女性歌手として活躍しており、これらの歌手がボサノヴァに影響を与えその誕生を促した。旧来のサンバ・カンサォンらしい歌い方ではなく、モダンな歌い方で聴衆を魅了した。この時代、シルヴィア・テリスは自身のTV番組で、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲を流し、録音した。初期のジョビンの作品の多くはシルヴィア・テリスによって広まっていったのである。 そういった意味では、シルヴィア・テリスがボサノヴァの誕生に貢献した部分は大きいだろう。

単純にボサノヴァが生まれた背景を記すことはできないが、サンバ・カンサォンによって自らのキャリアを作り上げてきたアーティストがある一方で、メロドラマ調のサンバ・カンサォンにうんざりしていた若者の中に新しい音楽を作り出す動きがあったことは確かである。プレ・ボサノヴァの時代には全く別の二つの方向からのベクトルが働き。それがボサノヴァへと繋がっていった、その過程にあるサンバ・カンサォンが果たした役割は大きい。



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