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■ブラジル=サンバ、アメリカ=スピリチュアル

アメリカ合衆国とブラジル、双方とも奴隷制を取ってきたアメリカ大陸の大国であるが、今日の黒人文化の形にはかなりの違いがある、最も違うのは、ブラジルではサンバを見れば分かるように様々な打楽器を使ったアフロ系の音楽が残っているのに対して、アメリカ合衆国では黒人霊歌のような歌の形として音楽が残っている事である。

ブラジルでは黒人文化に割と寛容な態度を取っていたのに対して、アメリカ合衆国では黒人文化に対して弾圧的だったと言える。それは、カトリックとプロテスタントという宗教上の違いもさることながら、ブラジルを植民地化したポルトガル人が異文化との混交の歴史を持っていたことが大きいのではないかと思われる。一方で、アメリカにおいては黒人に対する嫌悪感を見出すことが出来る。建前は別としても、本質的な部分においてアメリカから黒人を追い出すために作られたリベリアという国があることは、他の人種に対して寛容ではないと言えるだろう。実際、今日の両国における人種差別の実態においてもその違いは歴然としている。

トーキング・ドラムという楽器がアフリカにある。何故、トーキング・ドラムという名前なのかというと文字通り話すことが出来るからである。無論、ドラムが勝手にしゃべり出すというものではない。音調言語と呼ばれる、単語や文章が高低2つのピッチで構成されているアフリカの言語を表現することの出来るドラムなのである。アメリカ合衆国において黒人にドラムを使わせなかったのは、ドラムを使って遠方と反乱の事などの話をされたくなかったためである。実際、このドラムの音は昼間で6〜7q、邪魔になるような音がほとんど無い夜間や早朝などには10qも届くと言われている。

また、アメリカ合衆国ではアフリカの歌(ワークソングのような形態のものでも)も禁止の対象とされることもあった。そのため、黒人霊歌(スピリチュアル)などを歌うときは、白人に分からないような場所に固まって歌っていたのである。むろん、様々な所で黒人音楽やその楽器が演奏されはしたが、つれてこられた奴隷の数が少なかったこともあり、ブラジルの様には発達はしなかったのはこのような背景があるからである。

一方で、ブラジルを植民地化したポルトガルは、イベリア半島の歴史を見れば分かるように、キリスト教徒とイスラム教との間でその支配権を争った時代があった。イスラム教はアフリカにおいて強い影響力をもち、実際、黒人奴隷の中にはイスラム教徒がいた事実もある。そのイスラム教徒が、アフリカ側からイベリア半島に進出してきたために、アフリカの文化等が持ち込まれ様々な影響をもたらしたと考えられる。そのため、他文化への理解とまでは行かなくとも混合はあったと言えるだろう。実際、装飾タイル、噴水などはムーア人の影響を受けたものである。また、排他的なプロテスタントでは無く柔軟性があるカトリックは、植民開始時から積極的に先住民族の文化を吸収していった。様々なインディオの言葉は、今日でもブラジルの中で使われている。ポルトガル人の文化的多様性は、混血を促進し、黒人文化の保護にもある程度の役割を与えたと考えられる。

かなり割愛した部分はあるが上記のような理由から、太鼓と歌が大きな比重を占めているアフリカの音楽(弦楽器がなかったわけではないがここでは割愛する)が、アメリカでは歌が主として伝わり、ブラジルには双方が伝わったという違いが見られる。



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